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記憶を消せる女の子の話
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165 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)23:46:41 ID:pIU(主)
「それで、ようやく会えたのが屋上なんだ。

灯さん、高校入ってから他人の記憶消し過ぎだ。

せっかく、奇跡的に同じ高校になったのに、一年も会えなかった」




166 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)23:52:27 ID:pIU(主)
「そして一週間前。俺も罪を償うとはいえ、ちょっと気分転換が必要だった。そのとき、ハロ現象を思い出したんだよ。

屋上なら もしかしてまた見えるんじゃないか、と思って、立ち入り禁止の扉を開けた。

ハロ現象は見えないけれど、なんだか青空が名残惜しくて昼飯を箸でつついてた。

そしたら、焼きそばパン食いかけの灯が俺をからかってきたんだ」




167 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)23:55:32 ID:pIU(主)
「拍子抜けだった。神様の采配ってのはどうかしてるとしか思えない」





168 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)23:57:28 ID:pIU(主)
「灯はどうやら俺のことを忘れているらしく、名前を聞いてきた。

言ってもピンとこない様子だったから、俺は前から考えていた非現実的な仮説を、非現実的だと思えなくなった」




169 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)23:58:13 ID:pIU(主)
「灯が名前を当てられただけで何分も泣いているのを見て、俺は確信した。

俺と真逆のことを、灯はあの現象に願ったんだ。

さっきの灯の話になぞらえて言えば、灯の記憶の中の、灯に関するお父さんとの記憶を消したんだ」






170 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:04:27 ID:V0f(主)
彼の話を聞いて、私の中から消えてしまっていた記憶が、フラッシュバックする。




171 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:06:36 ID:V0f(主)
あの河川公園は、お父さんと一緒に自転車に乗る練習をした場所だ。

帰りにアイスを買ってもらって、自転車を押して帰ったんだ。

単身赴任しているところから帰ってこれる貴重な休みなのに、私は色んな我儘に付き合わせちゃった。




172 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:07:53 ID:V0f(主)
思い出があふれてくる。

私がお父さんのことをなにも知らないくせに「いい人」だと疑わなかった理由が、ようやく確かな形を持った。




173 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:08:41 ID:V0f(主)
通り魔事件のことを思い出す。

お父さんは、最期まで優しい人だったんだ。




174 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:10:28 ID:V0f(主)
私の生きる理由は二つ。

お父さんのため、そしていつの日かみた、ハロ現象をもう一度見るため。




175 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:13:14 ID:V0f(主)
お父さんを悲しませないため、という根拠の無い理由の正体は、あの事件だったんだ。

死ななくて良かった、どんなに惨めでも生きていてよかった。




176 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:16:08 ID:V0f(主)
暖かい気持ちに包まれる。

お父さんが死んじゃったのに、それでも幸せだと思える私は変なのかな。

でも、記憶からなくなっても、ずっとお父さんのこと好きだったよ。

私は記憶を消せる能力と一緒に生きていく中で、思い出が生きる理由なんだ、ってわかった。




177 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:19:03 ID:V0f(主)
詭弁かもしれないけれど、私はお父さんのことを記憶から消さないでいたら、たぶんおかしくなっちゃってた。

死んじゃった悲しみが強すぎて、お父さんと過ごした楽しい記憶が、辛い記憶に変わっちゃったと思う。

記憶を消せたから、私はお父さんとの思い出を、汚すことなく綺麗なまま心の奥底にしまっておけた。






178 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:22:52 ID:V0f(主)
そしてハロ現象――私はずっとハロ現象に恋をしていた。

夏の打ち上げ花火よりも、夜空に輝く星よりも、私はハロ現象に焦がれていた。

きっとハロ現象への思いは、石原君への恋だったんだ。




179 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:25:14 ID:V0f(主)
あのとき、私たちは手を握りあってただけだったけど、私にはそれだけで恋に落ちるきっかけには充分だった。

どん底で手を握り合える人しか、私は好きになれそうにない。

私はまた泣いてしまった。

もう、ほんとに私は泣き虫だ。嬉しくても悲しくても、涙を流さずにはいられない。

石原君はそんな私の手を、あの時のように握りしめる。




180 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:30:25 ID:V0f(主)
「俺は灯に、あのときのことを謝りたかったんだ。俺と関わらなければ、灯と灯の母さんは今も灯の父さんと幸せに過ごすことができた。

俺にできることは謝ることだけのくせに、独善的に、灯に幸せになってほしいと願った。

でも、灯の幸せにはお父さんの記憶が不可欠だった。

あの忌まわしい事件の記憶も含めて思い出すこと、それは灯にとって辛いことに決まっているのに、そうしないと、本当の幸せはないと、迷いなく思ってる自分がいた。

勝手で傲慢で、本当にどうしようもない。

俺は自分に都合の悪いことを、贖罪を盾に見ないようにしてたんだ」





181 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:32:47 ID:V0f(主)
すうと息を吸って吐く。涙は拭わない。

「石原くん、今までありがとね。私はおかしいのかな、辛いことをいっぱい聞いたはずなのに、心があったかくて、そのせいで涙が出てるの」




182 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:36:14 ID:V0f(主)
「石原くん、一つ聞いていい?」

「おう」

「なんで、私と会ったらすぐ、それを言わなかったの?」

「それはだな……」

空いている右の手で、後ろ髪を掻く。石原くんが困ったときによくする仕草だ。




183 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:37:43 ID:V0f(主)
「私と、一週間も一緒にご飯食べてくれたり、授業もさぼったりしてくれたのは、なんで?」

「それは……」

「償いじゃ、ないよね」

「石原くんは、私と逆のくせに、全部忘れないはずなのに、大切な部分を忘れてるよ」




184 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:40:58 ID:V0f(主)
私は恋の形を知っている。ただ一つの思いで、ハロ現象を毎日探していたのだ。

毎日毎日、飽きることなくずっと。

石原くんもそうだと思う。

石原くんは様々な思いを抱えていたと主張したいだろうけれど、私にしてみれば、たった一つの思いに他ならない。

それで毎日私を探していたのだ。毎日毎日、飽きることなくずっと。

私たちは似ている。




185 :名無しさん@おーぷん :2017/02/27(月)00:46:47 ID:V0f(主)
「私は石原くんの記憶を消そうと思ってたよ、でもなかなかできなくて、ここまでぐずぐず来ちゃったの。

この関係が壊れて欲しくなくて、初めて私の名前を憶えてくれた人に忘れて欲しくなくて」

「俺も似た感じだ。言ってしまえば、この距離の俺達は終わると思ってた。だから、こう、な……」

「そういうのが、恋なんだよ」





>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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