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十年前から電話がかかってきた
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205 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:28:31.50 ID:4ZfHDWbX.net
「俺も一緒だ。告白しようってときに君の声が、君のことが頭に浮かんで、言えなかった。

わかってる、無責任だって。俺は君と同じ時間にいられないのに、それなのに俺は君のことが……」

その先は言えなかった。

言う勇気なんてなかった。



206 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:29:24.83 ID:4ZfHDWbX.net
「なんでですかね……なんで。今、同じ場所にいるんですよね、私たち。

同じところにいるのに、同じ景色を見ているのに、同じ匂い、同じ音、同じものを感じているのに、それなのに私たちの距離は世界のどこよりも遠い。

こんなに想ってるのに私はあなたと同じ時間を生きられない。私だってわかってます。言っちゃいけないって。想ったらいけないって。でも、私もあなたが……」

彼女もその先を言わなかった。

二人ともわかってるんだ、この気持ちがダメだってことくらい。

同じ時間を生きられないのに、こんな気持ちになったらダメだって。

それでも この気持ちが消えることはなかった。

彼女との距離は世界で一番近いのに、世界で一番遠かった。



207 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:29:44.11 ID:4ZfHDWbX.net
もうどうしたらいいかわからない。

彼女になんて言えばいいのかわからなかった。

「ねぇ、いま何が見えますか?」

彼女が突然聞いてきた。

それが何を意味するのかわからなかったけど、それでも俺にはその問いに答える以外の選択肢は浮かばなかった。



208 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:30:01.75 ID:4ZfHDWbX.net
「何って、海と――」

「桜、ですよね」

確かに桜が見える、海と桜、不思議な光景だ。

「珍しいですよね、海と桜が一緒に見れるの。だからお気に入りの場所なんです。前にも言ったでしょ、『さくら』は私にとって特別だって、その理由わかりますか?」



209 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:30:20.12 ID:4ZfHDWbX.net
理由、それはきっと、「名前?」

「正解です。あなたがいま見てる桜、それが私の名前です。多分これから言うのは すごい勝手なことだと思います。でも、少しだけわがまま言ってもいいですか?」

「そんなのいくらだってきくよ」

それが俺にできることならなんだってする。

「じゃあ、桜を見たら少しでいいんです、私のこと思い出してもらえませんか? ほんの少しでいいから私がいたって、春になるたびに、少しだけ私がいたことを思い出して欲しいんです。桜が見える間だけ、私をあなたの心においてください。お願いします」




210 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:30:47.00 ID:4ZfHDWbX.net
「思い出すよ、何回だって思い出す。少しだけなんかじゃない、もっと、もっと」

うまく話せない。

目には多分涙がにじんでいた。

「ありがとうございます。じゃあ覚えててもらえますか? 私の名前は、さくら――」

彼女が言い終わる前に、ツーツーという電話が切れる音が耳に響いた。



211 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:31:02.76 ID:4ZfHDWbX.net
それから何度かけ直しても電話はつながらなかった。



212 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:31:46.21 ID:4ZfHDWbX.net


あの日から一週間がたった。

あれから俺は一歩も外に出ず、ずっと部屋に引きこもっていた。



213 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:32:04.13 ID:4ZfHDWbX.net
なぜ電話がつながらなくなったのか、彼女が自分の名前を言おうとしたから、彼女と俺があの感情を持ってしまったから、理由は何個か想像できたけど そんなことはどうでもよかった。

大事なのは俺は彼女と話す手段を失った、それだけだ。



214 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:32:20.69 ID:4ZfHDWbX.net
わかってるんだ、引きこもっててもしょうがないって、前に進まなくちゃいけない、それが俺にずっとあたえられている課題だってさ。

でもさ、そんな簡単にはいかないんだよ、そんなすぐに割り切れたら最初から苦しくなんかないんだ。



215 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:32:36.13 ID:4ZfHDWbX.net
結局どうしていいかなんてわからず、俺は引きこもり続けた。



216 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:32:54.07 ID:4ZfHDWbX.net
それからまた何日かたって、俺は一つ思い出した。

そんなことをしても意味なんかないとわかっているよ、でも思い出してしまったからには我慢なんてできない。

だから、それを確かめるために電話をかけた。



217 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:33:15.09 ID:4ZfHDWbX.net
そいつは電話がかかってきたことに驚いているみたいで、「今まで何してたんだよ」と聞いてきた。

俺はその問いには答えず ただ一言だけ言った。

多分これだけで伝わる。



218 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:33:33.04 ID:4ZfHDWbX.net
「冒険しようぜ」



219 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:33:58.62 ID:4ZfHDWbX.net


「お前、なんで急に掘る気になったんだよ? タイムカプセル。もしかしてお前も櫻子ちゃんのこと気になったのか?」

桐島がおどけたように聞いてきた。

「いいから、掘れよ」

我ながら勝手だなと思う。

桐島があんな風にふざけるのは、俺に気をつかってるからだってわかってる。

俺が気をつかわないように、気をつかってくれてるんだ。



220 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:34:13.86 ID:4ZfHDWbX.net
「いや、ごめん……」

俺はそれくらいしか言えなかった。

本当はもっとしっかり事情とかを説明するべきなんだ。

それがこんな夜遅くに付き合ってくれているやつへの礼儀なのに。



221 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:34:29.18 ID:4ZfHDWbX.net
「別にいいよ。そもそも俺が言い出したことだしな。でも、夜の学校ってなんかいいよな。なんか、珍しく星もよく見えるし、プラネタリウムみたいだ」

桐島の話ではタイムカプセルは学校に埋まってるということだった。

だけど、うちの高校の警備のゆるさはどうなんだろうか?

こんな簡単に忍びこめるなんて、安全面とかどうなってるんだろうか? 急に心配になった。



222 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:34:47.90 ID:4ZfHDWbX.net
「お! あったぞ、これじゃないか?」

タイムカプセルが埋まっているという桜の木の下を掘り続けて一時間くらいたったころ、桐島の声が夜の校庭に響いた。



223 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:35:29.07 ID:4ZfHDWbX.net
桐島は手に持った変な形の近未来的な入れ物を掲げた。

桐島に聞くとどうやら、タイムカプセル専門の箱を買っていたらしい。

きっと変に凝り性な人がいたんだろう。



224 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:35:48.69 ID:4ZfHDWbX.net
「おい、開けるのか?」

俺が箱を開けようとすると桐島が驚いたように聞いてきた。

桐島の言う通り、本当は他人のタイムカプセルを開けるべきじゃないんだろう。

でも、俺には開けるしかなかった。

箱を開けると、手紙や漫画などいろいろなものが入っていた。

その中に桜の花びらが描かれた手帳があった。

これだ、これが俺が探してたもの。

彼女の日記。



225 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:36:03.83 ID:4ZfHDWbX.net
俺は桐島がいるのもかまわず それを開いていた。

桐島は何か言いたそうだったが、俺を止めはしなかった。



226 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:36:23.75 ID:4ZfHDWbX.net
中を見ると予想通り日記のようで、それは2006年の正月からはじまっていた。

最初の方はとりとめのないことが書いてあり、そこを読むのは気が引けたので、電話が初めてつながった日までページをめくった。




>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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