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みんなの大好きな、みどりいろのあいつの話
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75 :名も無き被検体774号+:2013/03/31(日) 23:19:25.89 ID:l7VywiqX0
ジュークは立ち上がり、五線紙をロックに返した。

そして部屋の隅にあるシンセサイザーの前に座り、先ほどの譜面を、正確過ぎるほど正確に弾き語ってみせた。


「ますたーのいうとおり、わたしは、うたがうまくないです」

演奏を終えたジュークは、そう言ってはにかんだ。

ロックはしばらく黙り込んでいた。

「ジューク、お前……声が出せたのか?」

「はい。このとおり、ぎこちないですけどね」


まるで、百年前の機械の合成音みたいな声。

そしてコーティングに隠れたハツネグリーンの髪。

完璧すぎる音程、広すぎる音域。

まるで”そのもの”じゃないか、とロックは思う。



76 :名も無き被検体774号+:2013/03/31(日) 23:24:25.07 ID:B3HX2e5rO
いいよいいよー


77 :名も無き被検体774号+:2013/03/31(日) 23:29:39.99 ID:l7VywiqX0
「馬鹿馬鹿しい質問をひとつ、いいか?」

「なんでもきいてください、ますたー」

「ジュークは……ハツネなのか?」

「はつねは、じつざいしません」

「そりゃそうだ。分かった、質問を変えよう。

ジュークはなぜ、ハツネにそっくりなんだ?」


ジュークは左腕を差し出して、手首を回す。

途端、左腕に、髪と同じ色ボタンが複数現れる。

古いシンセサイザーのパネルを彷彿とさせるデザイン。

まるでヤマハのDX7みたいだな、とロックは思った。




78 :名も無き被検体774号+:2013/03/31(日) 23:35:43.09 ID:l7VywiqX0
「じゅーくは、ほんものの はつねではありません。

ただ、かぎりなくちかいものではあります。

そうなるように、からだをいじられたんです」


「弄られた?」ロックは顔をしかめる。


「さいしょは、じゅーくも ふつうのにんげんでした。

かみはくろくて、こえもふつうでした。

でも、むりやりはつねにさせられたんです。

といっても、きおくはけされちゃったから、

じぶんがどういうにんげんだったのかは、

おもいだすことができませんけどね」



80 :名も無き被検体774号+:2013/03/31(日) 23:50:37.31 ID:l7VywiqX0
「こりゃ傑作だ」とロックは手を叩いた。

「69と暮らす19は、本当は39だったわけだ」

ロックは笑った。ジュークは笑わなかった。

「正直、気がめいる話だ」とロックは額に手を当てた。

「そうか、ハツネグリーンの髪を黒くコーティングして喋れないふりをしてたのには、そういう理由があったのか。

たしかに今の時代、ハツネの姿と声で街を歩いてたら、いきなり拳銃で撃たれても不思議じゃないからな。

……肩の火傷は、誰かにやられたのか?」


「いえ、ここに、01ってかいてあったんですよ。それをけすために、ちょっとやいたんです」

ジュークは襟から肩を出して、その跡を見せた。



81 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 00:00:35.98 ID:GxPuxG5u0
いつの間にか、激しい雨が屋根を叩いていた。

「そういういみでも、ジュークは、ここにいるだけで、ますたーにめいわくをかけてしまうかもしれません」

ロックはジュークの火傷跡をじっと見つめていた。

「俺の喉にさわってみな」とロックが言った。

ジュークは おそるおそる手を伸ばした。

しばらく喉を撫でた後、ジュークは息をのんだ。

「つくりもの、ですか?」

「そう。つくりものだ」とロックはうなずいた。

「ロックンローラーの正体は、つくりものなんだ。

現役時代に無理をさせ過ぎて、もう使い物にならないが」



82 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 00:10:33.00 ID:GxPuxG5u0
ジュークは何回もロックの喉を触って、それが作り物であることを確かめた。

ますたーも、じゅーくのなかまなんだ。

うれしくなったジュークは、歌を口ずさみ始めた。

ジュークがうれしくて歌を歌うのは数年ぶりだった。

その古い古い歌を、ロックはよく知っていた。

しあわせなシンセサイザの歌。

歌がコーラスに差し掛かったところで、ロックはシンセサイザーの前に立ち、ジュークの歌に合わせて伴奏を弾きはじめた。



83 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 00:21:35.52 ID:GxPuxG5u0
演奏を終えると、ロックはジュークの手を取った。

「ジューク、早くもお前の新しい仕事が決まった。俺は楽器なら何でも弾けるが、肝心の歌が歌えない。だがジュークなら、俺の作る歌の音域にも対応できる」

ジュークは目を瞬かせながらロックの顔を見た。

「でも、どうじんおんがくは、きんしされてるのでは?」

「ああ。加えて音響兵器の脅威によって、今や音楽なんて ほんの一部の物好きのためだけのものになってしまっている。

でもジューク、俺は一度でいいから、自由に音楽をやってみたいんだ。

皆が耳を塞いだ、音楽の弱った時代で、だからこそ革命を起こしたいんだ」



84 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 00:39:45.58 ID:GxPuxG5u0
「また、うたえる」とジュークは目を閉じて微笑み、

ソファーの上で三角座りして、うれしそうに体を揺らした。

「うまく ちょうきょうしてくださいね、ますたー」

「調教? ……ああ、調律のことか。任せな」

「そうしたら、ジュークは、ますたーをいっぱいほめます」

「そうしてくれ。俺は褒められるのが大好きなんだ」

それからというもの、二人は楽器だらけの部屋にこもり、朝も夜もなく、ひたすら曲作りに打ちこんだ。

自分の本当の役目を果たしているという実感は、ロックを薬や喧嘩から遠ざけていった。



87 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 12:07:15.10 ID:GxPuxG5u0
二か月かけてアルバムを二枚作り終えたところで、ロックの中にあった焦燥感のようなものが、ふっと去って行った。

ひとまず最低限やりたかったことはやれたな、とロックは思った。

無駄とは知りつつも、ロックはそれらをウェブにアップロードした。

お祝いにフランス料理を食べにいった、帰りのことだった。

焦りから解放されたロックは、隣を歩くジュークを見て、ふと、自分がこの少女について何も知らないことに気付いた。

「ジュークは、昔のことで、覚えてることはないのか?」

ジュークはしばらく考え込んでいた。

「おぼろげですけど……なかまがいたきがします」

「仲間? ひょっとして、ヴォーカロイドの?」

「たぶん、そうですね。あとはおもいだせません」

他にもジュークみたいな子がいるのだろうか、とロックは思った。



88 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 12:38:05.89 ID:GxPuxG5u0
「はっきりとした記憶は、どこから始まるんだ?」

「それは、そうこからはじまりますね。じゅうでんきにつながれて、ぼうっとしてました」

「充電器? 食事とかはどうしてたんだ?」

「じゅーく、いちおう、でんきだけでもいきてけるんです」

「そうか……倉庫では、どんな風に毎日を過ごしてたんだ?」

「いえ、ですから、じゅうでんきにつながれてました。あたまをこんなかんじでかべにこていされて、てあしとくびには、こういうかせをはめられて――」

「ジューク、その記憶、消せ」

とロックは怒ったように言った。

「俺と出会う直前までの記憶は、全部消しちまえ」



>>次のページへ続く
 
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