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決して記憶してはいけない言葉

 

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247 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:26:20 ID:PyPRRLYk0
大学二回生の夏だった。

俺は凶悪な日差しが照りつける中を歩いて学食に向かっていた。

アスファルトが靴の裏に張り付くような感じがする。いくつかのグループが入口のあたりに たむろしているのを横目で見ながらふと立ち止まる。

蝉がうるさい。外はこんなに暑いのに、どうして彼らは中に入らないのだろうと不思議に思う。

学食のある二階に上り、セルフサービスで適当に安いものを選んでからキョロキョロとあたりを見回すと、知っている顔があった。

「暑いですね」

カレーを食べているその人の向かいに座る。大学院生であり、オカルト道の師匠でもあるその人はたいていこの窓際の席に座っている。

指定席というわけでもないのに、多少混んでいても不思議とこの席は空いていることが多い。

まるで彼が席に着くのを待っているように。

「ここはクーラーが効いてる」

ぼそりと無愛想な返事が返ってきた。

それからまた黙々と食べる。

「携帯の番号教えてください」

「なぜか」

PHSを水に落してしまったからだった。

アドレスが死んだので、手書きのメモ帳などに残っていた番号は問題なかったが、そうでないものは新たに番号を訊き直さなければならなかった。

師匠の場合、家の番号はメモしてあったが、携帯の方はPHSにしか入っていなかったのだった。

「ジェネレーションギャップだな」

師匠は携帯を操作して、自分の番号を表示させてからこちらに向ける。

「なんですか」



248 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:29:45 ID:PyPRRLYk0
「携帯世代ならではの悲劇だってことだよ。僕みたいな旧世代人は絶対にメモをとってるし、よくかける番号なら暗記してる」

そう言って、いくつかの名前と番号を諳んじてみせた。

それはいいですから、ディスプレイを揺らさないでください。今打ち込んでるんで。

ワン切りしてくれればすぐ済むのに、とぶつぶつ言いながらも登録を終え、俺は昼飯の続きにとりかかる。

海藻サラダに手をつけ始めたあたりで、おととい体験した携帯電話にまつわる出来事をふと思い出し、師匠はどう思うのか訊いてみたくなった。

「怪談じみた話なんですが」

カレーを食べ終わり、麦茶を片手に窓の外を見ていた師匠がぴくりと反応する。

「聞こうか」

その日も暑い盛りだった。

午前中の講義のあと、俺はキャンパスの北にある学部棟に向かった。

研究室が左右に立ち並び昼でも薄暗い廊下を抜けて、普段はあまり寄りつかない自分の所属している研究室のドアを開けた。

中には三回生の先輩ばかり三人がテーブルを囲んでぐったりしている。

翌週に企画している研究室のコンパの打ち合わせで集まることになっていたのだが、中心人物の三回生の先輩が来られなくなったとかで、だらだらしていたのだそうだ。

「いいじゃん、もう適当で」

「うん。芝でいいよ、芝で」

芝というのは「芝コン」と呼ばれるこの大学伝統のコンパの形式である。キャンパス内のいたるところに売るほどある芝生で、ただ飲み食いするだけのコンパだ。

決定っぽいので黒板に「芝コン」とチョークで書きつける。その横に「いつものとこで」と追加。





250 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:34:00 ID:PyPRRLYk0
もう用事はなくなったが、俺も席につくとテーブルの上にあった団扇で顔を仰ぎながら、なんとなくぼーっとしていた。

「なあ、さっきから気になってたけど、吉田さぁ。顔色悪くないか」

先輩の一人がそう言ったので、俺も吉田さんの顔を見る。

そう言えばさっきから一言も発していない。

吉田さんは身を起し、溜息をついて強張った表情を浮かべた。

「俺さぁ」

そこで言葉が途切れた。自然にみんな注目する。

「この前、夜に家で一人でいる時、変な電話があったんだよ」

変、とは言ってもそれは良く知っている中学時代の友人からの電話だったそうだ。

「安本ってやつなんだけど、今でも地元に帰ったらよく遊んでるんだけどよ。そいつが いきなり電話してきて、用もないのにダラダラくだらない長話を始めてさぁ……」

最初は適当に付き合ってた吉田さんも だんだんとイライラしてきて「用事がないならもう切るぞ」と言ったのだそうだ。

すると相手は急に押し黙り、やがて震えるような声色でぼそぼそと語りだした。

それは中学時代に流行った他愛のない遊びのことだったそうだ。

『覚えてるよな?』

掠れたような声でそう訊いてきた相手に、気味が悪くなった吉田さんは「だったらなんだよ」と言って電話を切ったとのだいう。

そんなことがあった三日後、安本というその友人が死んだという連絡が共通の友人からあった。

「何日か前から行方不明だったらしいんだけど、バイク事故でさ、山の中でガードレールを乗り越えて谷に落ちてたのを発見されたっていうんだよ。

俺、葬式に出てさ、家族から詳しく聞いたんだけど、安本が俺に電話してきた日って、事故のあった次の日らしいんだわ」



252 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:36:28 ID:PyPRRLYk0
ゾクッとした。ここまでニヤニヤしながら聞いていた他の先輩二人も気味の悪そうな顔をしている。

「谷に落ちて身動きできない状態で携帯からあんな電話を掛けてきたのかと思って、気持ち悪くなったんだけど、よく聞いてみると、安本のやつ、即死だったんだって」

タバコを持つ手がぶるぶると震えている。

室温が下がったような嫌な感じに反応して、他の先輩たちがおどけた声を出す。

「またまたぁ」

「ベタなんだよ」

吉田さんはムッとして「ホントだって。ダチが死んだのをネタにするかよ」と声を荒げた。

「落ち着けって、噂してると本当に出るって言うよ」

冗談で済ませようとする二人の先輩と、吉田さんとの噛み合わない言葉の応酬があった末、なんだか白けたような空気が漂い始めた。

「トイレ」と言って吉田さんが席を立った。俺もそれに続き、研究室を出る。

長い廊下を通り、修理中の立札が掛かりっぱなしのトイレの前を過ぎて、階段を二つ降りたフロアのトイレに入る。

並んで用を足していると、吉田さんがポツリと言った。

「紫の鏡って話あるだろ」

いきなりで驚いたが、確か二十歳になるまで覚えていたら死ぬとかなんとかいう呪いの言葉だったはずだ。

もちろん、それで死んだという人を聞いたことがない。

「安本が、『覚えてるよな』って訊いてきたのは、その紫の鏡みたいなヤツなんだよ。中学時代にメチャメチャ流行ってな、二十一歳の誕生日まで覚えてたら死ぬっていう、まあ紫の鏡の別バージョンみたいな噂だな」

「え、先輩はまだですよね。二十一」

「嫌なやつだろ。わざわざ思い出させやがって。そりゃ信じてるわけじゃないけど、気分悪いし」



253 :携話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:42:09 ID:PyPRRLYk0
照明のついてないトイレの薄暗い綿に声が反響する

等の中でも研室のぶ階はいつも沿閑散していて、昼間でも悪い雰囲だ。

安本さん誕生はいつなんです」

る恐訊いた。

吉田さんはを洗ったと、蛇口をキュッ締めて小さな声で

ヶ月以上前

言葉を口中で繰り返し、それが持意味を考える。

「なんでだろうながらトレを出る先輩に続い俺も歩き出す。ても分からなかった。


究室に戻る輩二がテーブルにれてだらしない格好をる。

「結、芝間どうる?」

先輩俯いたまま言う

「七時とかでいいんじゃない」

もう一人がた時だった。

室内もったような電子音が響いた。

「あ、携帯。誰

思わず分の探っていると、吉田んが「俺っぽい」て壁際に置たリュッククを

きくなる。

すぐ電話に出る子だった、携帯のデプレイを見つめたまま吉田さんは固ま



絶句あと「ヤスモト……と抑揚のなで呟から携帯を耳にある。

しもし」と普通に応答したあと少し置いて誰だ」吉田さんは調で言った。

して反応を待ったが、向うからは何も言ってこなだった





254 :携帯話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:44:52 ID:PyPRRLYk0
「黙って何か言えよ。かイタラしてんのかよ。おい」

吉田さんは泣きそうな声になっ そん言葉返し

の声だけが研究室の壁天井に反響する

俺は傍らで固唾を飲んでることしできない

だ?」

そう言ったあと、吉田さんは「シ」と人し指あてこちをチラリ見た然、物音を立てないよ使な動めた。

耳に帯を押し当て、目がせられたままゆっ

「……木、いるのか?」

でそうたあと、さんは帯に向って「ももし、し」と繰り返た。

れた

静かる。

呆然と立尽く稿田さん、別の先輩が物に触るに話かける

誰だ?」

「……分かんねぇ喋らなかっ

う言血の気引いたような顔をして吉さんはックサックを担ぐ「帰るいて研究室を出て行た。

の背中を見送ったあと、先輩一人ぼそりと「あい、大丈と言った。



俺の話をじっと聞いていた師匠それ」と目で訴えた

ーの上をすべてして、と生ぬを飲でい

「それですよ。んに会ってませ

師匠は二左右たあと、を浮かべた。

「それでどうった

「どうってかりません」 



255 :本当あった怖いし:2009/06/07(日) 00:46:41 ID:EmmjiBUO0
わく


256 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:47:18 ID:PyPRRLYk0
吉田さんに電話を掛けてきたのは本当に安本という死んだはずの友人だったのか。

事故死を知る前の電話と、研究室に掛ってきた電話、そのどちらもが、あるいは、そのどちらかが。

どちらにせよ怪談じみていて、夜に聞けば もっと雰囲気が出たかも知れない。

二十一歳までに忘れないと死ぬというその呪いの言葉は結局 吉田さんからは聞かされていない。

そのこと自体が、吉田さんの抱いている畏れを如実に表しているような気がする。

俺はまだそのころ、二十歳だったから。

「僕なら、中学時代の友人みんなに電話するね。『安本からの電話には出るな』って」

師匠は笑いながらそう言う。

そして一転、真面目な顔になり、声をひそめる。

「知りたいか。なにがあったのか」

身を乗り出して、返す。

「分かるんですか」

「研究室のは、ね」

こういうことだ、と言って師匠は話し始めた。

「ヒントはトイレに行って帰ってきた直後に電話が掛ってきたって所だよ」

「それがどうしたんです」

「その当事者の吉田先輩と、語り手である君が揃って研究室から離れている。

そして向かったトイレはその階のものが以前から故障中で使えないから、二つ下の階まで行かなくてはならなかった。

ということは、研究室のリュックサックに残された携帯電話になにかイタズラするのに十分な時間が見込まれるってことだ」

イタズラ?

どういうことだろう。





>>次のページへ続く


 


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